

2008年5月7日、我が友であり、パートナーでもある鈴木亜久里が、
苦渋の決断を強いられ、SAF1の撤退記者会見を開いた。
始まりを一人で記者会見にのぞんだように、最後も一人で壇上にあがった...
その表情からは「やるだけやった」という一種あきらめとも納得ともつかぬ、
そんな複雑な心境が見て取れた。
SAF1は2年4ヶ月に及ぶ奮闘の末、F1から撤退した。
実に潔い男である。
男の僕が惚れる男気の持ち主であり、
その資質はこんなことぐらいではへこたれるようなものではない。
だが、F1は魑魅魍魎の住む世界、
ここで生き残っている奴らはみな怪物ばかりだ。
しかし悔しい...
何が悔しいって、日本の企業が一切の援助をしなかったことがだ。
確かに今のF1は投資としては間尺に合わないだろうし、
日本では企業イメージのアップにもつながりにくいだろう。
だが世の中に一人ぐらい、一社ぐらいそんな奴がいないか?
僕は密かに期待していた。
そして今年を何とか乗り切ってもらえれば、
来期に関しては様々な提案もあったのだが、
今となっては全て絵空事に過ぎないので、
あえてここで多くを語ることはしない。
F1はヨーロッパの文化。
僕もこの言葉を幾度となく聞かされてきたし、
この身で痛切に感じてきた。
だから何?いや、だからこそ日本人の感性でF1を切り取りたい!
そんな思いの末にF1SCENEを創刊した。
そしてどうせならと、敵の懐のど真ん中であるパリに拠点を構えたのであった。
その日から7年という歳月が過ぎた。
振り返ればあっという間の時間だったような気もするし、
長かったような気もする。
そしてヨーロッパを相手に挑む、そんな気持ちも僕にはあり、
それゆえSAF1にはどこかで同士のような思いを抱いていた。
ましてや現役時代からの僕の被写体である鈴木亜久里が率いるチーム、
力が入るのも当たり前だった。
ヨーロッパの壁、それはハッキリと言えばコネと癒着、差別の仕組み。
そんな文化に実力のみで真っ正面から切り込んで行く僕らは無鉄砲か?
いいだろう、無鉄砲良いではないか!
しかし常識を覆すには想像を絶するエネルギーと地道な努力が必要なのも事実、
そして更にそれなりの道具も必要になる。
(その道具がF1では結果的にお金だったわけだが…)
チームを運営するのに最低でも年間100億円近い金額が必要というイベント、
それ自体は多いに結構。
お金のない奴は参加するな!至って真っ当な話、まさにその通り。
だが、参加させる為に様々な手段を用い、とりあえずお金を積ませ参加させ、
すると今度はあれこれ難癖をつける...
いかにも閉鎖的なF1村の住人が考えそうな手口である。
敵の術中に嵌ったというのが今回の一件の顛末の気がするのは僕だけか?
つまり言い換えれば「日本」はF1村の上顧客なのだ。
村の庄屋連中は母屋を貸し、番頭をはじめ道具と下働きの人夫を用意する。
そしてさも「全て君たちのものだよ!」みたく錯覚させ、
お金を積めるだけ積ませる。
しかし、忘れてはならないのは現場の判断を含め実権は母屋を貸した庄屋、
そして庄屋から派遣された番頭が握っているということだ。
だからHONDAは日本人を代表にしない、いや日本人を代表にできないのだ。
N・フライがHONDAを代表してコメントを述べるということがその証明でもある。
だが、トヨタ/TMGのように日本人を代表に祭り上げていても、
何の実権も持っていないのも見ると嫌になるのを通り越し、哀れみさえ覚えるのだが。
さあ、この一件により日本とF1の関係は今よりも更に希薄になろう。
しかしMr.Bはバブルのはじけた日本経済には既に興味がなく、
発展途上の中国、そして中東のオイルマネーに目が向いているようだ。
これで日本とF1の関係がどうなろうとも、
老齢の彼には全く関係の無いことかもしれない。
しかしここまで辛辣なことを書く奴は僕以外にいないだろう(笑)
仮にこの一件で僕のFIAのパスが発給されなかったとしても、
今の僕には何の悔いも無い。
村の住人でいた20年間の思い出は数多く、楽しくもあり、苦しくもあった。
だが、本当のことを言われて怒るような幼児文化には僕も興味は無い。
スポーツではなく興行であるF1グランプリ。
そのポジションがこれでハッキリしたわけだが、
さて一座専属のカメラマンを勤めるのもそろそろ限界なのか?
だが僕が始めたF1SCENEという存在、TeamZEROという家族がそこにはいる。
すなわち現時点での撤退=敗戦という事になる、
だから僕は何があっても簡単に撤退する訳にはいかないのである。
自分なりのある程度の結果という目標があり、そこに到達したならば、
その時には僕は自らF1SCENEを卒業しようと思っている。
いつまでも年寄りが幅を利かせていては良いことなど何も無い(笑)
若い発想と感性で次世代のF1SCENEを築いて欲しい。
そして僕は新しい世界へと次のステップを踏み出すのである、
そこがどこで、どんな世界かはその時が来るまで僕の心の奥にしまっておく。
さあ、自身の目標を達成する為にSAF1のいないトルコGPに来た。
パドックに空いた空間を見た瞬間、もっと別の感情が沸き起こるかもしれない...
そう思いながら怖々とパドックを覗いたのだが、
残念ながら隙間無く整然と並べられたトランスポーター、モーターホームの隊列には、
かつてSAF1がいた場所、本来ならいるべき空間の、
そのどこにも何の痕跡も無く、
まるで何も無かったかのように清々しい晴天の元、
トルコGPは今まさに開催されようとしている
非情かもしれない、冷徹かもしれない、
だがここで情に流され負けるわけにはいかない。
F1SCENEが日本の感性と世界で認めてもらうその日まで、
僕の戦いは続く。