

コートダジュール、ニース、モンテカルロ......
もちろん多くの人にとっても特別な場所かも知れない。
でも僕にとっては更に特別な思いのある街でもある。
F1を撮影するようになって2シーズン目にパリのアパートを借り、
そこをベースに2年間F1、モトGPをカバーしていた。
しかし、当時の僕にはパリの良さはまだ理解できず、
車の渋滞、埃っぽい街並みなど、東京と変わらないなぁ
そう思っていた。
そんなおりに、知り合いのニース在住の作家I・Y氏に
「ニースはいいよ!」と言われ、
その一言でパリからニースまで走るその間、900キロの間に、
もう僕の気分は既にニソワーズ(ニースっこ)になっていた!
海岸通り(プロムナードアングレ)を車で走りながら、
アパルトマンの窓に下がっている「貸します」の札をチェック。
良さそうな所は電話番号を控え、不動産屋の名前を書き写す。
車なら端から端まで走っても、僅か10分もあれば過ぎてしまう。
5〜6件の物件に目安を付け終えた頃、目的の作家宅に到着。
当たり前だけど、地名はプロムナードアングレ○○番地、
その響きは僕には凄くスマートで、オシャレに聞こえた!
僕を迎えてくれた彼に、既に「貸します」の看板をチェックしてきた!
と話すと、さすがに飽きれ、ただ笑っていた。
気持ちが入ると行動は早い!ホテルに戻り、荷物を降ろすと、
早速ホテルから不動産屋に向かった僕は、
お目当ての物件を見せてもらうことに。
海岸沿いの最上階、テラスあり、まさに理想通り!
部屋をロクに見もせずに、決めた!
ニースについてから何と僅か4時間ほどで、
僕はアパートの契約書にサインをしていた!
しかも地下には車2台分のガレージ+カーブ、
文句の付けようの無い環境だった。
翌日、前日尋ねた作家宅を訪れ、アパートの契約をしたよ!と告げると、
驚いたり、飽きれるどころか、しばし絶句していた。(笑)
そんな思い付きのような契約から、
2年間ニースをベースにF1を撮影することになったのだ。
家から通うモナコGP、これは実に気分良かった。
しかし何故そんな気にいった環境を僅か2年で手放したか?
それには時代背景が大きく影響していた。
当時はまだフィルム・カメラの時代であった。
ということは、日本の企業と契約していた僕は撮影済みのフィルムを、
日本まで速やかに送らなければならない。
しかし、ニースからの発送となると、
パリとは違い更に1日余計に必要であった。
締め切りはどの世界でもあり、
それがニースでの僕の仕事に大きな影響を与えていた。
現代ならDTPとインターネットの普及で、
世界中のどこにいても回線さえあれば仕事に支障はないのだが、
当時はそうはいかない。
ロジスティックな問題は仕事上でも大きなウエイトを占めていたのだ。
パリならば空港のカーゴに持ち込めばその日の便に乗せることができた。
ニースなら更に1日必要だった。
しかしもし、日本に僕がフィルムを持ち帰れば......
翌日には日本で現像、セレクトができ、そのまま納品できる。
ニースでの2年間を経て、その後10年近く、
僕は時差と戦いながら日本とF1を往復することとなった。
いまのインフラが当時あれば...
僕はきっと今もニースの自宅からモナコGPに通っているはずだ...
P.S
スペインGPでのルノー・フォト・コンペティションでウィナー!
今期の初受賞、さあF1これから!