JAPAN GP Sunday
ものごと全てにおいて、
始まりがあれば終わりがあるものだ。
20年と言えば、生まれた子供が成人になるだけの年数、
カメラマン仲間とも、感慨深い思い出話をすることしばし...
Kカメラマンいわく、「その当時は俺は33歳だった...」
「子供もいなかったし、まして子供の進路の心配をするなんて想像もつかなかったよ...笑」
自分自身を振り返ってみよう。
20年前、1987年の鈴鹿での最初の日本GP。
当時F1誌の契約カメラマンだった僕だったが、
実はその年のシーズン開幕戦のブラジルGPが始めてのレースの撮影経験!
なので鈴鹿は生まれて始めて訪れるサーキットであった。
日本人初のパーマネントF1ドライバー、中嶋選手。
スタンドにはためく日の丸の数や、
まともに歩けないほどの観客の多さ、
そして僅か2キロ先のサーキットにたどり着くのに、
2時間以上かかった渋滞の記憶。
今年の鈴鹿はまるでその再現のようであった。
金曜日から道は混みだし、観客の数は増える一方。
空模様も悪天候から素晴らしい秋晴れへと、
まるで最後の鈴鹿へのご褒美のようでもあった。
やはり僕にとっての日本GPは「鈴鹿」である、
当たり前だが、新しいサーキットには思い出はない。
自分のキャリアと同じ年数、鈴鹿でF1が開催されたという事実、
そしてその20回目の鈴鹿に自分がいられたということ、
今はその事実に満足している。
レースの結果については周知のことなので、
多くは触れない...
だがリタイアしたマイケルがピットに戻り、
スタッフと抱き合う姿を見た時に、
ああ、今年のシーズンは終わったんだな...そう思った。
引退の花道にチャンピオンのタイトルを添えて欲しいのは事実、
だが、若き勇者は不利な状況におかれても、
決して諦めることなく、追撃の手を緩めなかった。
これが世代交代ということ、
アロンソは王者の目の前で非情にも見せた。
実際に引導を渡すことがこんなにも非情なものだとは...
引退とは人が想像するほどロマンチックなものでもないし、
優雅なものでもない。
いつの日か、新王者アロンソにもその時は来る...
できるなら、その日のアロンソをこの目で見て、撮影してみたい!
どうやら、また新しいモチベーションが生まれたようだ。
今はマイケルの功績を讃えお疲れさまと、
そして若き王者、クリーン・ファイターのアロンソを讃えたいと思う。
F1のバックボーンには様々な政治が絡んでいるのは事実だが、
今日のアロンソの諦めない走りには感動すら覚えた。
レースの世界に、「If...」は禁句だが、
最後までマイケルが走りきっていたらどうだったか?
いや、想像は止めよう!(笑)
Party is over...そしてまた始まる。