GP Letter

2007.06.18

USA GP (Sunday)



一体誰がこの北米シリーズで、こんな結末を想像できただろうか?
モナコGPを征したアロンソはチャンピオンらしく、
少なくともカナダGPが始まるまでは誰の目にもそう見えていた。
しかしカナダGPでポール・トゥ・ウィンを決め、勢いづいたハミルトンは、
ここインディアナポリスでも誰にも前を走らせること無く、完勝でレースを終えた。


これで7戦連続表彰台、そして2度の優勝。
文句無くチャンピオンシップのポイントリーダーだ。
ハミルトンが凄いのか?あるいはアロンソが精彩を欠いているのか?
マクラーレンで育ってきた言うなれば生え抜きのハミルトン、
昨シーズン開幕前にシーズン終了後に、
ルノーからマクラーレンへの移籍を決めていたアロンソ。


どこかに蟠りを感じるのは僕だけだろうか?
確かにアロンソは速く、冷静なドライバーだと思う。
ではその彼がなぜシーズン開幕前に来期の移籍を決めていたのだろうか?
彼ほどのドライバーなら焦る必要など全く無く、
どこのチームでも喜んで受け入れてくれるはずだ。


またマクラーレンもハミルトンの存在がありながら、
ライコネンを放出し、アロンソを獲ったのだろうか?
単なるタイミングの問題なのか、あるいは金銭的な問題なのかもしれないが、
計り知れない深い謎があるような、どこか気持ちの悪さが残る。
「謀略」という言葉は言い過ぎかもしれないが、
巨額の資金が動く世界だけに素直に受け入れることは難しそうだ。


しかし、いつも言っていることだが、
F1の世界に例えどんなことが起きようとも、
そこに存在するF1ドライバーは真のアスリートであり、
立派なスポーツであることは間違いない。


テクノロジーと人の融合、これがF1グランプリの最大のテーマでもある。

2007.06.17

USA GP (Saturday)


先週のカナダGPで初優勝を遂げたマクラーレンのハミルトン、
今週も絶好調、2戦連続でポールポジションを獲得した。
素晴らしい逸材であることはこれで明らかだ。
それはカナダにしてもここアメリカにしても彼にとっては初めてのサーキットで、
テストを実際に行うことはできず、あくまでも他のサーキットにおいて、
コースを想定してシュミレーション走行をすることが精一杯だからだ。


僕が以前から一流ドライバーの凄さを感じていたのは、
初めて走ったコースでも数ラップすればコースの特徴やポイントを把握し、
それなりのラップタイムを出せることであった。
(もちろんテレメトリーの進化や過去のデータの蓄積があり、
ある程度は基本的なセッテイングを施してはいるのだが。)


そしてF1グランプリでは年間に同じコースでレースを開催することは無いので、
だからこそ一戦ずつが貴重で、一つのレースで失敗をすると、
そのリベンジまでは一年間待たなければならないのである。
ということはマシンやレギュレーションが変わり、
ともすればドライバーすら代ってしまう可能性もあり、
同じ状況下では今年のこのレースは二度とありえないからだ。
だから限られた走行時間内に、如何に効率よくセッティングを煮詰めるか?
ここにドライバーの才能が求められることになる。


確かにコンピュータの進化により、
レース・シュミレーションは限りなく現実に近く計算できるが、
あくまでも現実のレースとは全てが異なる。
そして、チャンピオンになるチームには良いマシンが欠かせないのも事実。
だがいくらハードが完璧でもそれを使うのは人間、
テクノロジーと人間の両面での争いがあるからこそ、レースは面白い。


明日のレース、チャンピオンと同じチームメイトの新人との戦いになる...
レースにはチームとしてのタイトルと、ドライバーとしてのタイトルの二つがある。
どちらに重きを置くか?もちろん両方でワールドチャンピオンを獲れれば最高だが、
過去にもチームメイト同士の醜い争いや、疑惑のチームオーダーなどがあったのも事実。
今年のこの素晴らしい争いが最後までクリーンに続くことを、
僕も関係者の一人として心から願う。

2007.06.16

USA GP (Friday)



彼が昨日のFIAの公式記者会見に現れるとフラッシュの嵐が巻き起こった。
笑顔で何事も無かったかのように会見場に現れたR・クビカ、
あのクラッシュシーンを見たら、目の前の彼が信じられない...
時速280キロオーバーでのコンクリートウォールへのファーストコンタクト、
衝撃の大きさは想像を絶する。
しかし、結果的には軽い足首の捻挫と脳震とうで済み、
病院に一泊しただけで自ら車を運転し退院したという。


そもそも「F1が安全」、言い換えれば「レースが安全」とは、
これ自体実に妙な表現ではないかと思うのだが。
安全なレースなんてあるわけないし、危険と背中合わせだからこそ、
ファンは感動したり、驚愕させられたりするのだから。
一般人にできないことをやってのけて見せるから、F1グランプリや
F1ドライバーの価値はあり、レース自体の存在意義はあるのだと思う。
もちろん「命を賭ける」という語彙がそのままではなく、
高額な報酬の代償としてのリスクとして、その可能性があるということだが。


世界中で僅か22人しかいないF1ドライバー。
そこに登り詰めるにはドライビングのテクニックだけではなく、
人並みはずれた(?)幸運も必須項目である。
その上的確なタイミングで(これも大事なこと)、
自身の運をフルに使い、レース界のファイナルステージともいえるF1グランプリの世界に
辿り着く者はレース界の1パーセントにも満たない。


全てにおいて究極であって欲しい、これが言うなれば僕の「F1観」。
一切の妥協を排し、マシンの性能や操る人間にも最高のモノを求める...
となれば当然フォトグラファーやジャーナリストにもそれだけのパフォーマンスが求められる!?